スマートに

イエナプラン教育校、では一斉授業というものがほとんど無くて、与えられた課題を自分でプランし、取り組むというブロックアワーがある。

今まで一斉授業で4年間過ごしてきたカメちゃん、初めてこのブロックアワーのシステムを知った時、「すごいんだよ、自由なんだよ」と喜んでいた。けれども終わらない課題が増え続け、先生もすべての課題を終わらせること、どう終わるかを指導することを重要視していたから、ストレスで押しつぶされた。先生にお話して、できることをできるだけやる、できなくてもいい、できないことに対する指導を控えて頂いた。先生は理解してくださり、ブロックアワーに対する考え方を少し転換された様。おかげでカメちゃんは今、成長している。

「ママ、僕ブロックアワー楽しくなった。どんどん楽しくなってるよ」とカメちゃんがいった。どんな風に楽しいの?なんで楽しくなったんだと思う?と聞いたら、

「スマートにできるようになった」と言う。へ?スマート?とちょっと笑いをこらえながら、スマートってどんな感じ?と聞くと、

「スマートにすぃーって感じ」と、言った。うん、なんだかいいイメージだね。すいーっとやりたいことを終わらせていくことが出来て、楽しいと思えてるんだね。

6年生で卒業するころに、上手にできるようになればいいんだからね。ゆっくり丁寧にね。と声掛けした。あんまりスマートにやられるとね、それは作業にならないか?と心配になる。

スマート、なんてどこで覚えたんだろう。初めて聞いたわ。

教師のセオリー

娘がいじめで学校に行けなくなる、という最悪な状況下ではあるけれども、頻繁にやりとりしている担任の先生、教頭先生が、本当に素敵な人たちで、こんなことがなければ、この方たちの素敵な部分を知ることもなかったかもな、とそう思うほど、人間性が素晴らしい先生達で、ハスちゃんとも、不幸中の幸いだねと話している。

ようやく学校が相手のご両親にこのいじめに関して報告し、担任がクラスでアンケートを実施したり、その結果を踏まえてクラスで話したり、という私が考える最低限やるべきことが行われ、昨日学校側から報告を受けてきた。

相手の保護者への連絡がここまで遅いこと、私は不信感を持ったし、警察もダメですね、と言った。もしかしたら、相手の保護者に連絡しないで事が静まればいぃなぁ。ハスちゃんが少し休んで元気になってまた登校してくれたら万々歳、みたいな願いは学校側にはあったはず。

けれども、担任の先生がこういう問題対応をする際の”教師のセオリー”がありまして、と説明してくれて。そのセオリーをこの問題に適用する意味が全く理解できない、頭ん中?で埋まったようなセオリーだったけど、そういうものが教師間には存在していることが分かった。なんでも、いじめを訴えてきた子が、実は加害者であった、ということがあるから、慎重に状況判断する、みたいなセオリーだった。

確かにそんなこともあるだろう。だから、そのセオリーをもっとスピード感持って、1週間くらいで出来ないもんか?そんなゆっくりゆっくり慎重に対応されると、ハスちゃんの教育を受ける権利が侵害され続けるのに。学校の最上位目標は、全ての子の学習権の保障であってほしい。

学校は、ハスちゃんのことを一番最優先に考えて、動いてきました、という校長先生のお言葉は、「そうは思えませんし、事実そうではないですね」と反論させて頂き、学校側もそれを認めてくれた。でも、それ以外は、学校への不信感が少しずつ消えてゆくような話ができた。何より教頭と、担任が素晴らしい。校長先生は実のところ、よくわからないけど。

話の最後に、教頭先生が「我々のセオリー、ちょっと見直さないといけないな」と仰っていた。こんな素敵な方でも、こんなことがないと気付かないのねぇ。学校って、世間の常識から外れた世界で動いているみたい。

いじめ相談は警察へ

4月27日に学校へいじめに関する報告と要望書を提出してもうすぐ1か月。やっと本日学校が加害者の親へ報告するそうだ。

まさかと思いながら5月14日に加害者親への連絡をしたか確認したら、まだしていないと返答を頂き、してくださいねと要望。17日にスクールカウンセラーとの面談の日にもまだ連絡していなかった。どうなってるの?と不信感が大きくなっていった。

決定的な出来事が起こった。学校側が、私がいじめの証拠として提出した録音データを持っていることが加害者の親に知れたら、危ないかもしれないと言った。
関わると危険かなという家庭もあります、みたいなことを言う。怖いと思った。

シンプルに、ハスちゃんをいじめた子の親が本当にヤバい親、暴力的な方?もしかしてヤクザ?だったら思うと怖いし、裏をかいて、学校が私をちょっと驚かしてその音声データを封印させたいと考えたのであれば、それも怖い。どっちにしても怖い。

シングルマザーとしてハスちゃんカメちゃんを守っていかなければいけない、しかもハスちゃんはいじめで傷ついている。私、何かあったら2人を守れるかな、と不安になる。

得に夜が怖い。妄想が炸裂してしまう。こんな風に怖がらせるのが目的だったのか?それともあんな発言が相手を怖がらせるとは思っていなかったのか。真意はわからないけど、怖い。

まだ独身の頃、警視庁に勤めていて喫茶店を営んでいる知り合いがいて、その方からこんな話を聞いていた。
「みんな警察には何か事件が起こってから来る。そうじゃなくて、少しでも身の危険を感じたら警察に相談したらいいんだよ。不安に思ったら話を聞いてもらうの。警察側としても事件解決の手がかりとなる情報はありがたい。具体的に情報を与えておけば、何かあった時の初動(捜査での初めの動き)が早いから」

ちょっと迷ったけど、警察に行った。警察の方は忙しいだろうし、悪口陰口無視のいじめの話なんか管轄外じゃないかな、何より警察に行くって何だか気が引けたけど、行った。結果、大正解だった。行ってよかった。

学校、教育委員会、いじめの報告したけれども、いじめを認めたくない風、得に教育委員会は事務的な対応だったから、今回はより一層事務的な感じになると思った。けど、全然違った。生活安全課の少年課といういじめなどを専門に扱う方が対応してくれて、なんと2時間も話を聞いてくれた。

今回のいじめに関して相手を訴えるとか指導をお願いするということではなくて、録音データを持っていると危ないと言われたことが怖い。相手の方がどんな方か分からなくて怖い。不安に思っている親子がいるという情報提供をしたいだけ、何かあった時、役立ててくださいと伝えて話始めた。

学校側が相手保護者に連絡をしていないこと、おかしいですね、と言ってくれて。未成年者が何かしてしまったらすぐに親に連絡すべきですね、と私が当たり前だと思う発言をしてくれる。うれしかった。学校と教育委員会とのやりとりで、常識が通じない、とても気持ち悪い価値観の中であーだこーだ話してきたけど、ようやく通常の感覚で話せる人が現れて、それが警察だった。

現状では情報提供をするだけでいい、と私は言ったのだけど、警察の方が
「この話を聞いて警察として何も行わないということはできない。学校に警察から連絡をしてもいいですか?」と言った。びっくりした。こんな事で警察が動いてくれるの?と。

お話する中で警察の方が、昨日も事件があって現場に行っていた、いじめでの自殺も起こっている、と話されていて、この人達は、いじめられて苦しみ命を絶つ若者の悲惨な現場を見てきているから、だから私やハスちゃんのことを理解してくれるんだ。暴力をふるわれたり、お金をとられたり、肉体的な被害を受けていないいじめの辛さも理解してくれるんだ、だから助けてくれ様とするんだ、と感動した。

学校がそんな対応をしていたらいじめは増える一方、黙っていられない。警察から指導させてもらいます、と私と話してすぐ後に学校へ連絡を入れてくれたようだ。トラブル報告からのこの対応のスピード感よ。これだよね、これ。学校や教育委員会の鈍さが際立つ。

そんなこんなでやっと加害者の親への報告が行われるようですが、ハスちゃんのことを思ってとか、加害者を立ち直らせようとか、そういうんじゃなくて、警察から指導を受けてやっと、保身の為に動いた、ということですね。

学校や教育委員会にいじめ相談しても埒が明かない。「それはいじめ、とは言わないかなぁ」なんて言われるだけです。警察の生活安全課でいじめを得意としている方へ相談することが、ベストアンサー!かもしれません。

いじめの定義

学校は”いじめ”の存在を認めたくない。そりゃそうだろう。気持ちはわかるけど、だからいじめが無くなるどころか増える一方なんだ。被害者に寄り添ってくれそうなスクールカウンセラーでさえ、ハスちゃんのこの件はいじめとは呼ばないと言っていた。

尾木ママの著書「脱いじめ」論に、いじめの定義について以下のように書かれている。

85年文部省が発表した”いじめの定義”には「学校として事実を認定しているもの」という文言があった。いじめかどうかを判断するのが学校であった。
94年にこの文言が定義から外されて、「本人の訴えがあればいじめと確認する」に変更された。ただし、「自分より弱いものにたいして」や「相手が深刻な苦痛を感じているもの」はそのまま残された。この定義はまだいじめっ子の側に立った定義であった。
2007年、いじめの定義の主語がいじめられている子になった。「当該児童生徒が、一定の人間関係のあるものから、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と改められた。

いじめられた被害者が辛いと思ったら「いじめ」と認めるということになったんです。そして文科省は 「いじめられた児童生徒の立場に立って」対応することと書いている。この文には注釈があり、いじめられたとする児童生徒の気持ちを 重視することである。 とさ。

スクールカウンセラーの発言からも分かるけど、学校がこの件をいじめと認識しようとしていないことは明白。ハスちゃんが通う学校は今年度新規開校した新しい学校。でも、いじめの対応は、85年度の定義の感覚のままのようです。全くいじめられた児童生徒の立場に立っていないと感じています。

世の中でいじめられて苦しみ、先生に訴えても、君にも悪いところがあった、それはいじめじゃない、と言われたとしたら、この定義を突き付けてほしい。

スクールカウンセラーは学校の味方です

ハスちゃんが通う学校のいじめ対応、悪い見本、というか学校としては”定番”と思える対応をしていらっしゃいます。

昨日はスクールカウンセラーと私、ハスちゃんの3名で面談。先週は、大人の世界の損得抜きでハスちゃんに対峙してくれたと感謝したわけですが、昨日の面談では印象がガラりと変わった。学校側から私をなだめる様、依頼があったんでしょう。話し始めてすぐ「丸く収めようとしてきてるな」と感じた。

スクールカウンセラーの発言の殆どが私からしたらビックリするような内容で。

「この件ハスちゃんにも落ち度があり、いじめとは呼ばない」でました。いじめられる側にも原因があるという論法。2,3回はこれ言われたけど、その都度丁寧に否定させて頂きました。いじめは犯罪。いじめた方が100%悪い。

「ここの地域性が〇〇〇」「田舎だから〇〇〇」でました。地域性に責任転嫁。田舎だからって、私たち奄美のド田舎から来て、ここを田舎と思ってないし。この地域の方と田舎住民に対して失礼な発言。

「先生達は小学時代から加害者を見てきていてね、穏便に済ませたいのよ~」とも仰り。唖然とする発言。長い期間みてきている生徒を大切に、4月に転入してきた生徒はおざなりに。なの?そもそも、悪口、無視、暴言が理由で心に傷を負い、登校できなくなっている生徒がいる状況が穏便ではないのだ。

スクールカウンセラーはあくまでも学校側の人間です。ハスちゃんを大切に思ってくれているとはおよそ感じられない会話が続いたのでした。

途中、スクールカウンセラーがハスちゃんに「お母さんが一緒でもあまり話さないね、大人しい子なのかな?」と言った。私は「とっても良く話す子ですよ。学校以外では。学校が安心できる場所ではないから話さないだけですよ」と返した。

いじめられたのはあなたにも原因がある的な発言をハスちゃんにしながら、ハスちゃんがあなたに対して心のうちを話すとでも思ったの?この人本当にカウンセラー?となんだか不思議に思った。

1時間は面談続いたかな。終わってから車に戻ってからのハスちゃんのコメントが秀逸だった。
「カウンセラーの先生、何度もママの地雷踏んだねーあーあー、と思ってたよ。笑、あと、何度かママに藍染されるんですね~と全然関係ない話題したよね。あれ、ママを落ち着かせるためのテクニック使ってきたね」

一番冷静なのが、ハスちゃんなのでした。

イエナプラン教育校万歳!

カメちゃんが通うイエナプラン教育校、素晴らしいところです。
いろんな先生、保護者が関わる組織なので、そりゃぁ色々あるけれど、
本当に素晴らしい学校だと思える。

ブロックアワーで終わらない課題がストレスとなり、学校行きたくないとなった時も、先生は自分の理想を横に置いて、カメちゃんの状態を理解し、対応してくれた。おかげで今は自分で目覚ましをセットして早起きして、早く学校に行きたいと言っている。

昨日は、クラスの全員に向かって、ブロックアワーのプリントは、全部やらなくてもいい。できるもの、やりたいものをやればいい、と先生が話したんだよ、とカメちゃんが話してくれた。全部の課題をどう終わらすか、に焦点が当たっていたのが、変わった。たくさんやりたい子、できる子はやったらしいし、やらなくてもいい、になった。よかった。

となりの高学年クラスでは先生が昨日
「ここは考える学校なのに、そうなってなかった」と全員に謝ったそう。これ聞いて涙が出るほど感動した。

子供に謝れる大人がいる学校って、素敵。失敗してもいい、トライアンドエラーで良い方に進んでいけばいいよね。

イエナプラン教育校、素晴らしいところです。

いじめ対応できない学校

いじめ加害者は何事もなかったように生活を続け、
いじめ被害者は心が傷つき、家から出られない、世間の目を避けるように生活をする。

いじめが学校で起こった場合、冷静に判断すれば、どちらを排除すべきかは明らか。だけれども、その冷静な判断が行われない場所が学校なんだと思う。
とても気持ち悪い組織だと感じている。

ハスちゃんも、学校に登校できない状態は続いている。行きたくないよね、そりゃ。加害者の保護者へ連絡もしていないなんて、信頼できる大人が学校にはいない。ハスちゃんは正常な感覚を持っているから、学校が苦手。それでいい。

こんな状況だけれども、やるべきことはシンプルだから、なんだかエネルギーが湧いてくる。当たり前の対応を学校に対し求めていく。いじめが起きた後の適切な対応を、常識的な感覚で伝え続ける。

ハスちゃんは被害者、コソコソびくびくする必要はない。堂々としていること。人をいじめて傷つけ、恥ずかしくて家からでてこないべきなのは加害者。

友人から、市内他の中学でいじめにあい、もちろん不登校になり、家族全体で落ち込み、当初は相談してくれていたけど、相談もなくなっている家族がいると聞いた。 学校の対応が間違っているのが理由だと分かる。本気で変えないといけない。

いじめ対応、当たり前のことがおざなり

学校のいじめ対策は、当たり前のことをスピード感を持って行うことをしない、ということを知った。想像はしていたけど、身をもって体感している。

ハスちゃんのいじめ問題、私から学校へ報告、要望書と録音データ提出と、先生が加害者2名に話を聞いたのが4月末。

5月13日(金)、担任の先生に”加害者の保護者への連絡”はされましたよね?と聞いたら、していない、と言う。本日、16日(月)、担任の先生に会う機会があったから、”加害者の保護者への連絡”はされましたか?と聞いたら、これから学校としてどのように対応していくか、話し合ってゆきますとのこと。

ハスちゃんのこと気にかけくれ、こちらのケアは親身になってやってくれている感じはする。担任の先生はとてもいい人だと感じている。時間が経つにつれ、ハスちゃんも落ち着き、家では笑顔で過ごしていて、私も安堵している。

でも、何かとっても違和感を感じていた。とってもモヤモヤして、体が重くて無気力な感じ。2時間昼寝して起きたら、気付いた。

被害者であるハスちゃんは学校に登校できない状況になり、加害者は今まで通り、登校し、学び、部活をしているのか。
とーっても不思議な状態、あってはいけない状態だけど、これがいじめ問題の現実。

“学校はこちら側、ハスちゃんのケア、母である私への連絡は頻繁にしてくれているけど、加害者側はどうなってるの?”これが私の中にモヤモヤしていた感情だったんだと思う。

担任の先生に、学校としての今後の具体的な対応を教えてください。ネット上にいじめ防止計画を上げるだけじゃ何も解決できませんよね、と依頼。その上で、加害者保護者への連絡。ここ、言わなくてもやってくれると思っていたけど、言わないとやらないみたいです。

未成年者が犯罪を犯した場合、それが発覚したらすぐ保護者に連絡が、基本だと思っていましたが。学校という組織は、一般的な基本が通じない場所のようです。まさかここまで鈍いとは。。。

当たり前のことを伝え続けることが、大切ですね。

カメちゃん再始動

我が家にはゲーム機はないし、テレビ視聴も週2時間まで。読書さえも時間制限がある(禁止ではなく理由を話して納得してもらっている)。もちろん家にはお友達はいない。そんな状況でも、学校に行くより家にいることを選ぶ、なんて、よほど学校が何か間違っているとしか思えない。

いろんな子どもがたくさん集まっている場所、子どもは仲間がいた方が楽しい、考えただけでワクワクするのが学校であるはずなのに、家にいたい、と言う。学校にいる大人が何か間違っているとしか思えない。

カメちゃんの担任の先生と電話で話し、もちろんカメちゃんが学校を休むという状況を作ったことを謝罪してくれたし、私の意見も汲んで頂いたうえで今後のことをカメちゃんと話して進めたいと言ってくれたのだけど。「ブロックアワーで自主的に学ぶ中で達成感を味わってほしい」と仰ったのが引っかかって。今カメちゃんに必要なのは達成感じゃなくて、安心感、心の安定ですよ、と話した。

学習するためには、まずは生命維持の為の睡眠と食、排泄が大切で、それが担保できたら、心の安定が大切で、心が安定してから、初めて学びに向かえる、という。カメちゃんは学校では心の安定がぐらついている状態なのに、先生はまだ学びの達成感などと話をしてくる。その理想はすばらしいけど、子供の状況次第では子供を苦しめるのが大人の理想だなぁ、と感じた。

我が家が苦手なタイプの先生が見えてきた。子供の状態、現状を理解しないで、自分の理想を押し付けてくるタイプ。

カメちゃん、昨夜は学校行きたくないなぁと言っていたけど、一晩寝て、行くわ、と登校した。お友達がたくさんいる場所が楽しくないなんておかしいもんね。大人が変わらないといけないよね。

スクールカウンセラー

学校からハスちゃん本人の話が聞きたいと言われ、一昨日学校へ行った。親としては嫌な思い出について聞かれることが不安で、とてもいい先生なんだけど、電話で話していて、わかってないなぁ、と個人的に感じた所もあり、スクールカウンセラーの同席をお願いした。

ハスちゃんを送って学校に行くとき、校舎を見て胸がぎゅっとなった。私がそうなるのだから、ハスちゃん大丈夫かな、と心配になった。みんなあなたの味方だから、正直に思ってることそのまんま話しておいで、と伝えて、娘はポーカーフェイスで、校舎に入っていった。強いなぁと思う。

話が終わったと連絡があってハスちゃんを迎えに行ったら、スクールカウンセラーの方に、「最低限の思いは話してくれましたが、あまり話せなかったかな。来週もう1度、先生抜きでお母さんも一緒に話を聞きたい。」と言われた。この話し合いをしたら、じゃあどのように娘を学校に復帰させるか、こちらからの要望を出して、学校から具体策を頂いて、、とか前のめりだった私は、来週。。。1週間も待つのか、と思ってしまった。

スクールカウンセラーの方に、「ハスちゃんはもう少しお休みしたほうがいい、そしてゆっくり今後のこと考えてみたらいい」と仰られて、はっとする。傷ついた娘をなんでそんな急いで学校に戻そうとしているんだ、私?と自分の愚かさに気づく。自分がいいと思う方向に誘導しようとしていて、ダメだなぁと思う。

おそらく、先生も早く解決したいという気持ちが強いはず。ハスちゃんの気持ちは置いてけぼりだった。スクールカウンセラーの方だけが、ハスちゃんの今の状態、気持ちをそのまんま、ありのままを大人の世界の損得勘定なしで見てくれてた気がする。スクールカウンセラーの存在意義を失礼ながら初めて感じた。

ハスちゃんの担任の先生も、主任の先生も信頼できるいい方。スクールカウンセラーもなんだか頼りになる方。こんな状況だけど、なんとかちょっとずつ前進してゆけそうな気配。

当初は加害者との一切の関わりを断ちたく、クラス変えをお願いしたいと思っていたけど、ハスちゃん曰く、他のクラスの担任が嫌。いじめてくる子がいなくてもあの担任は嫌、今の担任がいいと言う。

こんな状況下で、視野が広いなぁ、人を見る目があるなぁ、と、我が娘ながら「天晴れじゃ♪」と法皇様にでもなった気分で心の中で褒めています。