教育を受ける権利は家族の鼻水で奪われる権利

ハスちゃんをフリースクールに送り、近所の公園でお弁当を食べる。
真夏、初秋はいつも公園独り占めで、なかなか快適だったのだけど、最近公園で子供を遊ばせている方が数人いることが多い。独り占めの時はオーディブル聞きながら食べたり、椅子に寝転んだりしてたけど、他の方がいるときは、ぼーっとその人たちを観察するのが楽しい。

平日だから、圧倒的に未就学児が多いけど、低学年らしき子もいる。もちろんそれぞれ親子でバラバラに遊んでいる。私は一人お弁当を食べながら、子供は仲間と遊ぶと本当に楽しめるから、ここにいる子供たちが一緒に遊んだらいいのになぁ、と考えていた。

もちろん親同士は赤の他人、でも、子連れで公園に同じタイミングでくる、という共通点はある。人見知りじゃなければ、親同士が少し会話を始めたら、子供は自然に一緒に遊びだすだろうなぁ、なんて、私がハスちゃんカメちゃんを公園によく連れて行っていた時を思い出していた。そして”どの親もみんなマスクしている”ことに気が付いた。マスクしていたら、近づきがたいし、知らない人との会話を求めてるようにも思えないし、無理か。。。と感じた。

そんなに大きな公園ではないけど、多くても3組くらいの親子がいるくらいで、それぞれが絶妙に距離を取りながら遊んでいる。ソーシャルディスタンス、50mくらいは取れている。それなのに、どの親もマスクをしている。もちろんマスクするしないは自由。でも、屋外、公園で、50m以上距離が離れていても、マスクするんだなぁ、と眺めていた。一体なにを恐れているのか、もう下着のような感覚でマスクを装着しているのかもしれない。まぁ、それは各人の自由。

これはただの独り言、私の価値観なんだけど、マスクをつけた大人と遊んで、子供、未就学児は楽しいのかなぁ。。。色んな表情でコミュニケーション取りながら、遊ぶのが楽しいんじゃないかなぁ。例えば人が少ない公園で子供と遊ぶ時とか、マスクしたほうがいいか、しなくていいか、考えてみる、という考えも持たないのだろうなぁ。

未だに教室内ではマスクが義務づけられている小中学校。
そもそも、医療用レベルのマスクをつけ、学校出るまで一切それを触らない、とできるのであれば、感染症対策はできるかもしれない。けど、子供はマスクをとったりつけたり、マスク触った手でそこら中を触ったり。明らかに、感染症対策はできていない。できていないことは横に置いておいて、子供たちのかわいい顔を隠し、不潔な布切れを長時間装着させ、必要な酸素量を低下させているとしか思えなくて。。。いったいこの国の大人は何を考えているのか。考えていないってことなんだろうね。

登校はしていないけど、ハスちゃんが在籍している学校から、自分が元気でも家族が不調だったら登校を控えるようにというメールが最近2回来た。例えば、家族に発熱者がいる、という場合なら、まぁ、このご時世仕方がないか、と思うけど、 「妹が鼻水を出している」という場合も学校を休んでください、みたいな内容で。。。唖然。

マスクつけてたら、同じ教室内で感染者でても、濃厚接触者にならないんだもん。マスクってすごいよ!笑

子供が教育を受ける権利は、憲法で定められている重い権利だと思うのだけど、
今の日本では、家族が鼻水を出したら登校をお断りされるくらい、教育を受ける権利の地位は低い物となっているらしい。